沖縄県民が改めて沖縄移住した
私は宮古島出身です。
2022年2月に改めて東京から沖縄に移住したので、それまでの経緯になります。
沖縄移住のきっかけ
現在の彼氏(入籍予定、以降「相方」)の転勤がきっかけで移住しました。
全国転勤がある事自体は了承していましたが、その先が沖縄になるとは思ってもいませんでした。
私自身沖縄に帰るつもりもなく、むしろ沖縄に住むことは今後ありえないし、嫌だと思っていました。
それまで東京で普通の事務員として働いていましたでした。
6月、沖縄への辞令
相方が転勤後、私は沖縄への転職活動をしました。
半年間、東京⇔沖縄の遠距離の末、私が仕事を辞め帰郷しました。
まず転職活動をする
当時勤めていた仕事は常々辞めたいと考えており、相方と出会う前にITエンジニアの勉強、その後転職活動をしましたが、未経験ということもありうまくいきませんでした。
相方と出会ったときは、転職活動を休止していましたが、転勤先の沖縄で仕事を探し始めます。
コロナということもあり、東京からリモートで面接をしてくれる会社は片っ端から履歴書を送り、面接に挑みました。
仕事は未定のまま沖縄へ
いくつか内定を頂いた会社さんはありましたが、やはり給料のギャップがあり、見送りました。
仕事は未定のまま、12月末で当時の会社を退職し沖縄への引っ越しを進めました。
- 引っ越し費用 約20万円
引越し先での家電、家具は必要なかったので必要最低限
大きなものは不用品回収業者で2.5万ぐらいかかりました。
- 諸々準備期間 約1ヶ月
- 市役所訪問 東京 3回
- 市役所訪問 沖縄 2回
気持ち的にはやはり沖縄移住は前向きではなかったですが、仕方ないし、また転勤の可能性があるからそれを待つのみです。
無職期間
沖縄からどこか県外へ行くことは、体力的にも金銭的にもしんどいものがあります。
なので東京での生活でやり残しがないようにあれこれしました。
よく遊んでいた友人に会う
簡単に会えるような距離ではなくなってしまうので、連絡して会いに行きました。ディズニーに行く
私はディズニーシーが好きなので、最後に行きました。
次に行ける目処はありません。気なっていたお家近くのbarに行く
当時住んでいた自宅周辺で気になっていたbarに1人で行きました。 1人で知り合いのお店に飲みに行ったりはしていたのですが、 全く初見のbarがあり、初めて1人で知らないbarに入ってみました。 常連さんが集うbarで、お客さん同士が仲のいいbarでした。
もっと早く参戦して全然知らない人とも友達になっていれば良かったなと。渋谷スクランブルスクエアに行く
私は沖縄の田舎出身なので、高いビルには登ってみたいと思ってしまいます。
思っていたより怖かったです(笑)
夜に行ったのですが、めちゃくちゃ夜景が綺麗でした。脱毛完了する
無職期間中ではなかったですが、契約中の脱毛クリニックが沖縄医院がないクリニックでしたのでの契約回数を完了させました。
やはり安いものではなかったので、間に合ってよかったです。
沖縄での閉塞感に怯えながら、東京にいる間にできること、気になっていることは片っ端から手をつけました。
いざ再移住、仕事を始める
無職期間中も、web面接、結果内定を頂いたりしていましたが、
やはり納得行かず、仕事は未定の期間が2ヶ月間ありました。
大手転職エージェント経由で活動をしていましたが、
合わせてハローワークでも活動をはじめました。
ハローワークで一番の目的は、失業手当・再就職手当を受給することでした。
受給条件にハローワーク紹介での内定が条件に入っていたので、
結果的にはハローワーク経由でweb面接・内定をいただきました。
失業手当受給には他にも条件はいくつかあります。
当時は、ハローワークに対して古臭いイメージを持っていて、
一般事務とかパートとか求人しかないだろうと思っていました。
無事当初から探していたIT系の制作会社の求人を紹介してもらい、内定をいただきました。
担当の方も優しく、転職活動について前向きな気持ちで活動することができました。
意外だったのが、ハローワークでの履歴書・職務経歴書の添削、webミーティングをしてくれたことです。
ハローワーク行くの面倒くさいなと思っていたのですが、
一度登録をしたら、webミーティングでも対応してくれました。
(何度か行く必要があることはありました。)
ここまで沖縄移住までの経緯をまとめました。
今は移住後、少々落ち着き、日々内地とのキャップを感じています。
細かい移住の感想、メリット・デメリット等、更新していこうと思います。